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形成外科は人の生き方や生きがいをプラスに変えていける診療科
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富山大学学術研究部医学系 形成再建外科・美容外科 教授佐武 利彦 ※2025年4月15日現在

富山大学学術研究部医学系 形成再建外科・美容外科
教授
佐武 利彦 ※2025年4月15日現在

富山大学の形成再建外科・美容外科の初代教授として、診療と研究に取り組む佐武教授。乳がん患者のQOLを向上させる乳房再建手術や性別適合手術、形成外科医の育成など、多方面で活躍している。形成外科医としてのキャリアと現在注力している取り組み、若者たちへのメッセージなどについて伺った。


キャリアにおける成功体験と失敗体験について伺ったところ「成功体験は、チャレンジしたこと全て。失敗体験は、チャレンジしないで後悔したこと全て」という答えが返ってきた。佐武教授のチャレンジの軌跡を振り返る。

 

医学生になった頃は心を治す医者、精神科医になりたいと思っていました。しかし実際に勉強してみると、当時、精神科では対症療法が中心で、心の病を完全に治すことが難しいことを知りました。人の心を治す医者になりたいけれど、精神科は自分には向かないんじゃないかと感じたんです。

転機は大学4年生の時、救命救急センターでの実習で火傷患者を担当したことです。精神疾患の影響で灯油をかぶり、火傷した患者さんの治療に携わりました。救命した後に、機能や見た目の改善、社会復帰の手助けをする領域があることを初めて知ったのです。当時はまだ形成外科自体があまり知られておらず、新しい診療科でした。外見を治すことによって患者さんの術後のQOLや生き方を改善できることを知り、自分のやるべき仕事だと思い、形成外科に進みました。

その後、埼玉県川口市の病院で8年間外科医として研鑽を積みました。そこでがん患者さんの治療に多く携わり、外科の基本を学びました。この経験が今の私の土台になっています。外科医として働く中で、形成外科へのニーズも感じていました。

2002年から横浜市立大学に移り、本格的に形成外科医としてのキャリアを歩み始めます。2003年に初めて乳房再建手術を執刀したところ、患者さんが非常に喜んで「先生はこれを生涯の仕事にしたらいい」と言ってくださったのです。その方がブログなどを通じて全国に情報を発信してくださり、多くの患者さんが横浜まで治療を受けに来るようになりました。

形成外科の治療は、結果が見た目ではっきりわかります。患者さんから厳しいご要望やご指摘をいただく機会も少なくありません。若い頃は、乳がんの患者さんは私よりも年上で、家族がいて社会で活躍している方が多かったです。単に胸を再建するだけでなく、その方のバックグラウンドや仕事なども聞きながら、最適な再建方法を一緒に考えてきました。プレッシャーも大きかったですが、形成外科医として大きく成長できました。患者さんは私にとって師匠であり人生の先生でもありますね。

その後、医師としてのキャリアの最後を、地元・富山県に恩返ししたいという思いから、2020年1月に富山大学に形成外科を新設する際に着任しました。富山大学にはそれまで形成外科がなく、文字通り何もない状態からのスタートでしたね。必要な人材を集め、信頼される体制を作り、県民に形成外科の役割を伝える活動から始めています。

着任後、富山大学附属病院は県内で最も乳がん患者さんの治療を行う施設となり、現在の富山県の乳房再建率は東京都に次いで全国第2位です。日本の乳房再建率は十数%と他の先進国と比べて低いので、再建手術を全国に広げる活動に取り組んでいます。

 

佐武教授が現在特に注力しているのが、脂肪注入による乳房再建や性別不合の患者に対する外科的治療、医療を支える人材の確保だという。それぞれの取り組みについてお話いただいた。

 

乳房再建には大きく分けて、シリコンインプラントを入れる方法、お腹や背中など本人の身体の組織を移植する方法、そして脂肪注入という方法があります。それぞれにメリットがありますが、私は特に脂肪注入による再建に力を入れていますね。この方法は手術時間が短く、入院期間も短くて済みます。安定した結果が得られるので、10年後にはこれが標準的な方法になってほしいと願っています。
しかし現在、脂肪注入による乳房再建を行っているのは全国でも富山大学を含む限られた施設のみです。保険診療ではなく自費診療になることや、がんの後遺症が強い場合には適用できないなどの制限もあります。脂肪注入が普及して多くの患者さんが治療を受けられるようになり、さらに保険適用となることが理想ですね。

また2020年には、富山大学附属病院にジェンダーセンターを立ち上げ、性別不合(性同一性障害)の当事者の方への外科的治療を行うようになりました。富山大学は2024年9月に全国で9番目の日本GI(性別不合)学会の認定施設となり、性別不合の外科治療は、一定の要件を満たせば保険適用で行えるようになり、東京からも当事者の方が多く紹介受診されるようになりました。

主な手術は、トランス男性の乳房切除と、トランス女性の外性器形成です。当事者の方々の多くは小学校の頃から自分の性別に違和感を持ち、半数以上が自殺念慮や希死念慮を経験しています。医療を提供するだけでなく、社会の中でこうした人々を支え、学校や職場での環境整備に取り組むことも重要です。
ジェンダーセンターの立ち上げができたのは、病院長をはじめ病院全体の理解があったからだと思っています。また、同じ志を持つ若い医師の存在も大きいですね。

将来の医療を担う人材の確保にも注力しています。大学病院では手術室看護師や麻酔科医が不足しています。手術室は大学病院の一丁目一番地ですが、手術に欠かせない麻酔科医の減少は、富山だけでなく全国的な問題です。

また、形成外科においては、美容医療にキャリアチェンジする若手医師が多いこともあり、こちらも人材不足が懸念されます。形成外科医の人材確保する取り組みとして若いうちから手術をたくさん経験してもらい、本当にやりたい形成外科の仕事を見つけてもらうのが一番だと考えていますね。富山大学では、入局1年目の医師にも乳房再建手術を担当してもらいます。早期から指導し実践的な経験を積むことで、技術が向上して私と同じレベルの手術ができるようになるのです。また、論文執筆や海外での発表の機会も早くから設ける取り組みも行っています。

少子高齢化で人口が減少するなか、地方の医療を担う人材をいかに確保するかが大きな課題です。そこで富山大学でクラウドファンディングを立ち上げ、手術室の環境を改善するとともに、小中高生向けの医療者体験セミナーなど将来の医療人材を育成するプロジェクトに取り組んでいます。若い人が活躍できる場を作ることが私の役割ですね。

 

佐武教授の座右の銘は、「源泉にたどり着くには流れに逆らって泳がなければならない。流れに乗って下っていくのはゴミだけだ」だという。佐武教授の挑戦に満ちたキャリアを象徴する言葉に込めた想いを伺った。

 

人と同じことをしたり群れたりして流されるだけでは、大切なものは得られません。医療の世界では人の言うことを聞くことも大切ですが、自分の考えが正しいと思ったら真っすぐ貫き通して、周りの協力を得ながらやり続けることが大切だと思っています。
私のこれまでのキャリアを振り返っても、形成外科やジェンダーセンターの新設など、困難なチャレンジに挑戦したことは、今振り返ると、とてもよかったと感じています。

 

「趣味は旅行など、仕事以外にわくわくを感じること全て」と話す佐武教授。好奇心旺盛な一面が垣間見える。

 

趣味は未知の場所に行き、見ず知らずの人と出会い、新しいプロジェクトをスタートさせること。仕事以外でわくわくを感じること全てですね。旅行も好きです。

今は東京・横浜と富山の二拠点生活が続いており、移動が多く休めていないと感じていることが課題ですね。1日でも休むと休み過ぎと思ってしまうので、オンとオフの切り替えを大切にしようと思っています。

 

最後に、これから医師を目指す若者たちへのメッセージを伺った。「形成外科は人の生き方や生きがいをプラスに変えていける診療科です」という言葉から、佐武教授の熱い想いが伝わってくる。

 

若い先生には、10年・20年後に自分がどのような医師になりたいか具体的なイメージを持つことが重要だと伝えたいです。与えられた試練・課題に真っすぐに向き合い、ベストな結果を出せるよう、取り組んでほしいですね。

形成外科はとてもクリエイティブな診療科です。治療の結果が目に見えてわかるので、自分の技術で患者さんの生き方を直接ポジティブに変えていけることがやりがいです。乳房再建のような手術は命に直接関わらなくても、患者さんの術後のQOLを向上させ、前向きな気持ちにすることができます。形成外科は、人の生き方や生きがいをプラスに変えていける診療科なのです。

多くの方に形成外科に興味を持っていただき、特に地方での発展に貢献してくれる医師が増えることを願っています。

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