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心臓血管外科医は、一生をかけて取り組むだけの価値がある仕事
心臓血管外科医は、一生をかけて取り組むだけの価値がある仕事

心臓血管外科医は、一生をかけて取り組むだけの価値がある仕事

帝京大学医学部 心臓血管外科学講座 主任教授下川 智樹

帝京大学医学部 心臓血管外科学講座
主任教授
下川 智樹

佐賀医科大学を卒業後、心臓血管外科医として患者の救命や「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)=生活の質」の向上に取り組んできた下川教授。現在は、帝京大学医学部 心臓血管外科学講座 主任教授と榊原記念病院の特任院長補佐として、診療と後進の育成に携わっている。「心臓血管外科医は一生をかけて取り組む仕事」と語る下川教授の歩みを紹介する。


下川教授は「はじまりは、心臓血管外科医という仕事の出会い」と語る。臨床実習で立ち会った「低体温循環停止法」の手術に大きな衝撃を受け、心臓外科に魅せられたという。自身のキャリアのターニングポイントを振り返っていただいた。

 

キャリアにおける成功体験は、心臓血管外科医という一生をかけられる仕事に出会えたことです。患者さんの命を救い、回復をサポートできるのが何よりのやりがいです。

医師を目指したきっかけは、高校2年生のとき友人が骨肉腫になったことです。ラグビー部の仲間だった彼が病気になったと聞いた時は、本当に驚きました。高校生の私にとって、一緒にラグビーに打ち込んでいる仲間が重い病気にかかるというのは、とても衝撃的だったのです。

片足を膝上から切断した後、苦悩する彼の姿は今でも目に焼き付いています。そして、「医者になって病気に苦しむ人たちを救いたい」と強く思いました。私がQOLを大切にするようになった原点かもしれません。

数学が得意だったため理系学部に進学するつもりだったものの、医学部進学は考えていませんでした。結果、高校2年生の3学期という遅い時期からのスタートなので苦労しましたが、佐賀医科大学に何とか現役で合格をし、医師の道を歩み始めます。

医学部に進んだ当初は、整形外科医を志望していました。医師を目指すきっかけになった友人のことと、高校時代にラグビーの関係で整形外科の先生にお世話になっていたことが理由です。

その後、心臓血管外科を目指すようになったのは、「低体温循環停止法」との出会いがきっかけです。医学部の5年生となり、臨床実習でさまざまな診療科を回っているときに、低体温循環停止法を用いた手術に立ち会いました。
通常の心臓手術では、人工心肺を使用したうえで心臓を停止させます。低体温循環停止法は、多くの血液が流れる「大動脈」を手術する際に、患者さんの体温を20~25℃くらいまで下げ、人工心肺を停止し、血流のない状態で血管を縫合する手法です。

心臓が停止すると脳に血流が届かず、酸素不足によって脳神経に障害が起きる場合があります。低体温にすることで、脳の働きを抑えて酸素の消費を減らし、脳神経を保護し後遺症のリスクを軽減できるという仕組みです。体温を何度まで下げるかによりますが、20~30分ほどで手技を完了しなければいけません。

その手術後、患者さんは回復し、麻痺などの後遺症も残りませんでした。患者さんの生命を救い、QOLの向上にもつながる手術の素晴らしさに大きな感銘を受けるとともに、強い生命力を持つ心臓という臓器そのものに強く心を惹かれたのを覚えています。

今まで多くの患者さんの治療を担当してきましたが、特に印象に残っているのが急性心筋炎の中学3年生の女の子です。心停止の状態で搬送されてきたため、すぐに経皮的心肺補助装置(ECMO)を装着しましたが、心臓マッサージの時間が長く意識が戻らないかもしれないと不安でした。

しかし、3日経過した後、患者さんは意識を取り戻したのです。その後、補助人工心臓を取りつけ、数ヶ月後に運よく心臓移植手術を受けられました。その女の子は無事成長し、看護師として活躍していると聞いています。患者さんが回復し、日常生活を送れるようになるのは、本当に嬉しいものです。

臨床の現場以外でも様々なチャレンジをしていると下川教授は語る。なかでも、テレビドラマの医療監修は、貴重な経験になったとのこと。

 

様々チャレンジをするなかで、ドラマ『ブラックペアン』の医療監修の仕事は貴重な経験になったと感じています。
医療監修の仕事は、大きく3つあります。1つ目は台本です。台本の空欄になっている部分に適切な医学用語を当てはめたり、医学的知見からこうした方が良いのではないでしょうかといった提案を行なったりしました。2つ目は、スタジオでのチェックです。撮影現場に待機して、確認事項があれば呼ばれて解説するという仕事です。3つ目は、デモ動画の確認です。視聴して問題点などのコメントをします。

医学的な正確さを損なわずに、一般の方に伝わりやすくかつ作品としても面白いものになるように監修するのは苦労しましたし、本当に勉強になりました。

例えば、実際の手術中はほぼ無言で集中しています。しかし、セリフがないとドラマにならないので俳優さんから「何か話すことはないですか」と聞かれたので、何とかセリフを考えたこともありました。詳細は省きますが、役者さんの芝居にかける責任感や使命感には強く心を打たれました。色々と大変でしたが、普段とは違う仕事なので興味深かったですね。

「過去を踏まえて未来をどう変えるのかが大切」と語る下川教授。心臓血管外科医という、患者の命に深く関わる仕事をするうえで、前向きにチャレンジする姿勢が大切だと感じさせられる。

 

もちろん、仕事をしているとミスをしたり誤った選択をしたりしてしまう場面はあります。しかし、失敗から学んだからこそ今があると思うのです。

長年、心臓血管外科医として働くなかで考え方が変わってきて「あの時こうすればよかった」と思うこともありますが、その時に戻ったとしても、自分は結局また同じ選択をするのではと考えています。

これまでのことを踏まえて、未来をどう変えていくのかが大切なのではないでしょうか。

座右の銘は「長いものに巻かれろ」だという下川教授。実は数年前までは、「長いものに巻かれるな」がモットーだったという。考えが変化した理由と、今後のキャリアについてお話いただいた。

 

座右の銘は「長いものには巻かれろ」です。3年くらい前までずっと「長いものに巻かれるな」で生きてきて、もっと手術をしたい、良い手術をしたいという気持ちで頑張ってきました。

最近になって私一人では限界があるので、後進の育成に力を入れていきたいと思うようになりました。教育に注力するにあたり、「長いものには巻かれろ」の精神で周りに合わせたり、柔軟に新しい考えを取り入れたりすることも必要なのかなと思っています。

例えば、私が若い頃は「先輩の背中を見て覚えろ」という考えが主流でした。ですが、今はそれだけだと厳しいかもしれません。

私が若い先生を指導するときは、まずは手術を見てもらい、次に少し手技に挑戦してもらい、また見てもらうというサイクルを繰り返しています。
今後は、最先端の医療技術を導入するのはもちろん、指導の仕方なども工夫して、優秀な心臓血管外科医を1人でも多く育てたいです。

忙しい日々のなか、体力維持のために毎週テニスをする下川教授。プライベートの過ごし方について伺った。

 

体力維持のため、土日のどちらかはテニスをするようにしています。スポーツ観戦も好きで、テニスと学生時代にやっていたラグビーを見に行っています。

これまでは仕事が趣味でしたが、これからは他のことにもチャレンジしたいと思いつつ、なかなか時間が取れませんね。

ただ、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で時間が少しできたので、オンデマンドで映画を観たり、演劇を観に行ったりするようになりました。

若者たちへのメッセージとして、「心臓血管外科医は一生をかけて取り組むだけのやりがいのある仕事」「尊敬できるメンター・パートナー・仲間をつくることが大切」という言葉をいただいた。心臓血管外科のトップランナーである下川教授の言葉は、医療を志す若者がキャリアについて考えるうえで大きなヒントとなるだろう。

 

心臓外科医は、ものすごくやりがいのある仕事です。患者さんの命に深く関わるのに加え、心臓外科医の技術が結果を大きく左右するからです。人生をかけて取り組むのに、ふさわしい仕事だと私は考えています。

また、心臓血管外科医のキャリアを築くうえで大切なのは、尊敬できるメンターと循環器内科医や麻酔科医などのパートナー、同僚である心臓血管外科医の仲間を持つことです。

心臓外科医として高い技術を身に着けるにあたって、メンターの力は不可欠です。手術を成功させるには、知識だけではなく技術力と判断力が欠かせません。そして、技術力や判断力は、メンターとともに医療現場で経験を積まないと身に付かないと考えています。

私自身、多くのメンターの方々のおかげでスキルを習得できました。例えば、佐賀医科大学の医局でお世話になった伊藤翼教授からは、チャレンジの大切さと「救急患者を絶対に断らない」という精神を学びました。

東京の榊原記念病院で勤務してからは、加瀬川均先生から「僧帽弁形成術」を、高梨秀一郎先生から「大動脈弁形成術」や「冠動脈バイパス術」を学び、大きな財産となっています。

心臓外科の手術は、循環器内科医や麻酔科医などと一緒にチーム医療で行います。手術を成功させるには、パートナーとの関係性づくりが非常に大切です。

手術の話以外にも世間話など話す機会をつくる、診療に対する考えを共有するといった点を意識しています。さらに循環器内科の上妻教授と、2週間に1回必ず話し合いの機会を設けていますね。

また、同じ志を持つ心臓血管外科医の仲間との交流も非常に大きな刺激になっています。

心臓血管外科医はハードワークな印象を持たれがちですが、帝京大学の場合はオンとオフの切り替えをしっかりするようにしています。具体的には、チーム医療体制を整え、3ヶ月ごとに1週間休めるようにしました。また、手術のスケジュールの関係で帰りが遅くなった場合は、週末に休みを取れるようにするなど、働き方改革にも注力しています。

心臓血管外科医に興味のある方は、ぜひ挑戦してみてください。

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