2025年9月に治療を開始した、筑波大学附属病院 陽子線治療センター新棟の壁紙には、ディズニーのキャラクターたちが描かれている。治療を受ける子どもたちを、キャラクターの力で元気づけるための取り組みだ。発起人は、筑波大学附属病院 陽子線治療センターで陽子線治療専門の診療放射線技師として活躍する宮本さん。「患者さんとご家族のために、できる限りのことをしたい」と語る宮本さんに、これまでのキャリアや壁紙の取り組みへの思い、若者たちへのメッセージなどを伺った。

陽子線治療専門の診療放射線技師として活躍している宮本さん。意外にも、学生時代は放射線治療が一番苦手だったという。持ち前のチャレンジ精神と人との縁が切り拓いたキャリアについて、振り返っていただいた。
もともとは医師になりたかったんです。理系の勉強が好きで、人に関わる仕事がしたいという思いがありました。医療系であればどちらも叶いますし、人の生死が関わる場面で活躍できます。興味のあることにはなんでもチャレンジしたいタイプなので、幅広い診療科に関われる医師と、エックス線撮影やMRI、CTなどさまざまな検査に携われる診療放射線技師が合っていると考えました。
現役時代は医学部に合格できず、茨城県立医療大学の放射線技術科学科に入学しました。でも、医師への夢を諦めきれず、休学して医学部を再受験したんです。国立大学に合格できれば進学しようと決めていましたが、結果は残念ながら不合格。放射線技師として、一生やっていこうと心に誓い、復学しました。
卒業後は地元の単科病院に就職したのですが、業務内容が限られていて。周りの同期たちがキャリアアップしていく中「このままではいけない」と感じ、1年半ほどで転職を決意します。幸いにも友人がQST病院に勤務しており、空き枠が出るタイミングで声をかけてもらえました。
QST病院は、放射線診療を基礎に置く研究病院です。学生時代に研究していた核医学検査をメインに、一般撮影やCT、MRなど様々な検査に携わりました。当時、苦手意識のあった放射線治療にも挑戦する機会があり、幅広い経験を積めたのは非常に良い経験となりましたね。
放射線治療に特化したキャリアを考え始めたタイミングで、筑波大学の先生に声をかけていただき、筑波大学附属病院 陽子線医学利用研究センターに入職しました。QST病院への転職もそうですが、本当に人の縁に恵まれていますね。
陽子線医学利用研究センターは、がんの治療に使われる最先端の放射線治療である粒子線治療を行っている施設で、私は陽子線治療を専門にしています。入職した2009年当時は、日本全国でも症例数が少なく、新しい発見の連続で、学術的な面白さを感じました。そして何より、患者さんに直接関わるやりがいがすごく大きいんです。
照射する放射線が1ミリでもずれると効果が得られないだけでなく、患者さんの身体に悪影響を及ぼす可能性があります。先進治療であるため、治療費は総額で約300万円かかり、遠方から通院される方も少なくありません。
患者さんとご家族の治療への思いを考えると、「しっかりと医療を届けなければ」という強い使命感が湧いてきますね。その責任の重さを、後輩にも伝えるようにしています。

宮本さんは、失敗体験から学んだこととして、他の医療系職種との連携、子どもに対し正直でいることの2点をあげる。患者と家族に寄り添った支援を目指す、宮本さんの姿勢が伝わってくる。
失敗を通して学んだのは、「小児医療において診療放射線技師が単独でできることには限界があること」、「子どもに嘘をつかないこと」です。
陽子線治療は、子どもの患者さんの治療に非常に有効で、当センターは全国的にも小児がんの陽子線治療症例が最も多い施設のひとつです。患者さんは最低でも10回、多いと35回も治療に通う必要があるため、私たちと毎日顔を合わせます。
病気と戦うお子さんやご家族は、精神的にも肉体的にも疲弊しています。少しでもリラックスした雰囲気で治療を受けられるよう、「今日は調子どう?」など、なるべく日常会話をするように心がけていますね。そうすることで、センターを治療の場ではなく、生活の場だと感じられて、安心できると思うんです。
ですが、診療放射線技師が単独でできることには限界があります。放射線治療では、子どもたちは一人で治療室に入り、20分ほど微動だにせず横になる必要がありますが、これが非常に難しいのです。
そこで、当センターでは臨床心理士や保育士、小児専門看護師といった専門職と密に連携し、カンファレンスを定期的に開催して意見交換を行っています。患者さんの情報をさまざまな角度から捉えることで、より質の高い医療を提供できるよう努めています。
準備の段階で、患者さんの趣味や好きな食べ物、普段の運動量まで、できるだけ多くの情報を集めていますね。そうすることで、患者さんへの理解が深まり、治療中のイレギュラーな事態にも対応できるようになり、「プリキュアが好きなんだよね」といった話をするなど、笑顔を引き出すきっかけを作ることもできるんです。
また、子どもたちを治療するときに「痛くないよ」や「すぐ終わるよ」と言ってしまいがちですが、実際の治療とギャップがあると、不信感を抱いてしまうかもしれません。「痛いけど頑張ろうね」と正直に伝えることで、信頼関係を築くことができます。たとえ小さなことであっても、嘘を言わず、約束したことは必ず守る。そうした姿勢が、患者さんやご家族の安心感につながっていますね。

2021年、宮本さんは「治療に向き合う子どもたちを、キャラクターやストーリーの力で応援したい」との思いを胸に、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社にキャラクター壁紙の導入を打診した。熱意がディズニーを動かし、導入が実現。宮本さんにプロジェクトへの想いやエピソードを伺った。
当センターでは以前から、子どもの患者さんの心理的な負担を減らすため、治療室の環境整備に力を入れてきました。子どもたちは一人で治療を受けなければならず、心細い思いをしていると感じたからです。
少しでもリラックスできる環境にしたいと思い、2014年から保険会社様の協賛でスヌーピーのキャラクターを壁紙に採用しました。患者さんへのメッセージをストーリー仕立てで伝えるデザインにしたところ、子どもたちが治療を受け入れやすくなりましたね。
2021年に新棟の建設計画が出た際に、新しい治療室の壁紙を検討することになったんです。ディズニーのキャラクターは世界的に有名なので、「誰が見てもメッセージが伝わりやすい」と考えメールを送ったところ、快諾いただけました。
デザイナーの方との打ち合わせでは、「外出がままならない子どもたちのために外の世界を感じさせるようなデザインにして欲しい」と要望を伝えました。その結果、モアナやアリエルといった海や外の世界を連想させるキャラクターを提案してくださいました。
一番感動したのは、映画「ファンタジア」のミッキーマウスが、子どもたちに魔法をかけているデザインです。私が「陽子線治療は、魔法みたいに痛くも痒くもなく終わるんですよ」と話したことをデザイナーの方が覚えていて、治療と結びつけてくれたんです。
よく治療前に「お腹の中にバイ菌がいるから、ビームで魔法をかけようね」といった説明をするのですが、見事に形にしていただけました。子どもたちやご家族にとって、すごく心強い存在だと思います。

プライベートの過ごし方について伺ったところ、「今は仕事に夢中で、趣味に使う時間がだいぶ減りました」とのこと。診療放射線技師の仕事を心から楽しんでいると笑顔を見せた。
プライベートの過ごし方は、基本的には体調管理のために筋トレをすることが多いです。ボードゲームが小学生からの趣味なので、月に一回くらい同僚や友達とワイワイ話しながら思考して楽しむのもリフレッシュになります。後はオンオフを切り替えて温泉に行ったりもします。たまには仕事を忘れないと、とも思うのでこういった時間も大切にしています。
大変そうに見えるかもしれませんが、ここ数年ずっと「診療放射線技師って楽しいな」と思っています。いろいろなことにチャレンジでき、天職だと感じていますね。
そう思えるのは、一緒に働くメンバーに恵まれているからです。ドクターは、「宮本さんの好きなことは全部やっていい。責任は私が取るから」と背中を押してくれます。だからこそ、患者さんやご家族のお役に立てるよう、できる限りのことをしていきたいのです。

患者さんやそのご家族に寄り添い、質の高い治療に取り組む宮本さん。若者たちへのメッセージとして、「興味があることには、自分から手を伸ばして掴んでほしい」という言葉をいただいた。
若い世代の方たちには、「興味があることには、自分から手を伸ばして掴んでほしい」と伝えたいです。やってみないと、それが本当に好きかどうかわかりません。私自身、最初は放射線治療が苦手でしたが、チャレンジしてみた結果、とても好きな仕事になりました。
医療職は、頑張れば頑張るほど、患者さんや先生方から「ありがとう」と言ってもらえて、自分の頑張りが目に見えてわかる仕事です。無駄なことはひとつもありません。
診療放射線技師は、検査によって目に見えない身体の情報を明らかにし、適切な診断・治療へとつなげる重要な役割を担う職種です。画像診断だけでなく、放射線を使ったがん治療にも深く関わることができます。
医療機器は日々進化しており、常に新しい知識と技術を習得し続ける必要があります。専門職ならではの大変さがあると同時に、探究心をくすぐる面白さもあります。少しでも興味があれば、まずは飛び込んでみてください。
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