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少しだけ背伸びしてたら,いつかそれが当たり前になる
少しだけ背伸びしてたら,いつかそれが当たり前になる

少しだけ背伸びしてたら,いつかそれが当たり前になる

霧島市立医師会医療センター 呼吸器外科部長/経営企画部長/病院長補佐柳 正和 ※2025年10月21日現在

霧島市立医師会医療センター
呼吸器外科部長/経営企画部長/病院長補佐
柳 正和 ※2025年10月21日現在

鹿児島大学医学部卒業後、第一外科に入局し、呼吸器外科の道を歩み続けてきた柳先生。38歳という若さで肺外科チーフに就任し、胸腔鏡補助手術の黎明期を牽引してきた。その後、鹿児島市立病院、霧島市立医師会医療センターで呼吸器外科を立ち上げ、後進の育成に力を注いできた。「少しだけ背伸びしていたら、いつかそれが当たり前になる」という座右の銘のもと、常に挑戦を続ける柳先生の歩みを振り返っていただいた。


お母様のすすめがきっかけで、人と関わる仕事への憧れから医師を志した柳先生。第一外科で幅広い外科手術を学んだ後、人工気管の研究をきっかけに肺外科の道へ進んだ。38歳で肺外科チーフに就任し、胸腔鏡補助手術のパイオニアとして活躍。2008年には日本胸部外科学会で最優秀演題に選出された。現在は後進の育成に特に力を入れている。

医師を志したのは、母の影響が大きかったですね。母は小さい頃に両親を早く亡くしたため、母のいとこの家で育ち、早いうちから病院で手伝いの仕事をしていました。その時に病院という場所を身近に感じていたようです。
私はそんな母から「地域のみんなから頼られるお医者さんになってほしい」と言われてきました。私自身、高校生ぐらいから人と関わる仕事に携わりたいと考え、医療系か教育関係の仕事をしたいと思うようになったんです。幸い医学部が手に届くところにあったので、一浪の末に医学部に進学しました。

外科を選んだのは、小児科ポリクリでの実習がきっかけでした。そこで受け持った子どもの患者さんが白血病で亡くなり、「自分の手術で命を直接救いたい」と考え、外科を志すようになりました。なかでも第一外科を選んだのは、脳と心臓以外のあらゆる臓器を診る機会があったからです。

キャリアにおいて大切にしているのは、常に新しいことに挑戦し続けることです。他の医師があまり取り組んでいなかった人工気管を研究のテーマにしました。それがきっかけで、担い手の少なかった肺外科を専攻することに繋がっていきます。

当時は肺がん患者が増加する一方で、大きく切開して手術を行っていたため、合併症がある患者さんや高齢の患者さんは手術を受けられず、若くて体力のある患者さんしか対象になりませんでした。

そこで登場したばかりの胸腔鏡補助手術(VATS)を積極的に日々の手術に取り入れ、徐々に小さな切開で手術ができるように改善していきました。その結果、身体へのダメージをおさえられるようになり、手術が難しかった合併症のある方や高齢の患者さんも、肺がん手術が受けられるようになったのです。

また、内視鏡と超音波を組み合わせ胆道の内部を詳細に観察する「IDUS」を応用し、気管支鏡下に気道内腔から超音波のプローブを当てて、気管の周りのリンパ節の転移があるかないかを診断する手法を開発。最初は「患者の苦痛が大きいのでは」と批判を受けましたが、実績を積み重ね、「左肺癌への右側VATS上縦隔郭清」の発表で、第61回日本胸部外科学会最優秀演題に選出されました。こうして新しいことに挑戦するたびに、医師として成長できたと感じています。

ここ10年来で最も力を入れているのが、鹿児島県の呼吸器外科診療を充実させる取り組みです。後進育成のため鹿児島市立病院と霧島市立医師会医療センターで、それぞれ呼吸器外科立ち上げに携わりました。
私以外の先生は3~5年目の若手がほとんどだったので、積極的に肺の切除手術や気管支鏡検査・治療を経験してもらい、呼吸器外科のプロフェッショナルとして育成しました。

また、後進の育成と並行して、専門医や指導医、認定医などの資格を積極的に取得するようにしてきました。資格を取得して、知識や技術を客観的に証明することが、治療を受けて下さる患者さんへの責任だと考えているからです。

さらに資格を持っている医師がいることで、その施設での若手医師の経験が実績としてカウントされ、彼らが資格取得の要件を満たしやすくなります。

こうした取り組みの結果、若手だった先生たちが今や中堅となり、大学病院などで呼吸器外科医としてバリバリ活躍しているのを見ると、達成感がありますね。

38歳で肺外科チーフに就任した頃のことを、「自分を過信していた」と振り返る柳先生。その経験が、現在の謙虚な姿勢の原点となっている。

チーフに就任した時は、ある程度経験を積んだことによる自信と技術がありつつも、経験のない手術への不安もあるというアンバランスな時期でした。

周りのサポートを受けながら、学会や文献で得た知見をもとに、経験したことのない手術にも挑戦していましたね。それがレベルアップや新たな研究につながっていましたが、その反面、上手くいかないこともありました。

今思えば、自分の技術を過信し、実力のなさに気がついていなかったんです。それに気がついてからは、「合併症が起これば自分の力不足を自覚し、順調にいけば患者に感謝する」という謙虚な姿勢を心に刻んでいます。

手術中はいつも「患者さんが話をできたら、何て言うんだろう」と想像しながら執刀しています。もちろん、手術台の患者さんは全身麻酔で眠っているので、しゃべることはできません。でも、もしかしたら「こんなところで出血させないでください」といったふうに思っているかもしれない。患者さんの「声」を聴きながら手術をしていると考えると、「徹底的に準備したうえで、ベストを尽くそう」という姿勢に自然となれましたね。

そうした姿勢が評価され、2011年に「ベストドクターズ」に選出されました。ベストドクターズとは医師に対し、「自分や大切な人が自分の専門領域の治療を受ける場合、自分以外の誰に任せたいか」と質問し、選出された医師のことです。同じ専門性を持つドクターに評価いただけたのは光栄ですね。

柳先生の座右の銘は、「少しだけ背伸びしていたら、いつかそれが当たり前になる」。コンフォートゾーンから一歩踏み出すことが、成長につながるという。

「少しだけ背伸びしていたら、いつかそれが当たり前になる」という言葉をずっと大切にしています。いつもと同じことをしていれば、リスクは少ないですし、安心感もあります。しかし、ずっとコンフォートゾーンにとどまることは、衰退の始まりだと思うんです。

経験のないことに挑戦する、専門外のことであっても「やります」と言って勉強しながら取り組む。そうした経験を繰り返すことで、少しずつ自分のスキルが上がり、コンフォートゾーンが広がっていきます。

私自身も、胸腔鏡補助手術をはじめとする新しい治療法の導入や呼吸器外科の立ち上げなどに、積極的にチャレンジしてきたことが、成長につながりました。


霧島神宮の社殿にて

史跡巡りを趣味とする柳先生。霧島という土地柄、古代の史跡に触れる機会が多く、そこから自然を敬い、謙虚さを保つことの大切さを学んでいるという。

プライベートでは、史跡巡りをすることが多いですね。霧島という土地には、太古の時代の史跡がたくさんあります。例えば、国宝に指定されている霧島神宮は、もともとは高千穂峰に鎮座していましたが、災害に遭い、今の場所に移りました。

そうした史跡を見ると、今のような機械や技術のないなか、神を祀る建造物をつくった人々の努力と信仰心を感じ、謙虚な気持ちに立ち返れます。

人間は自然には勝てないですが、自然と共に生きていかなければいけません。私たち医療人も病気とは闘えますが、結局のところ死は克服できていないのです。人が生まれて死ぬという自然の営みには、絶対に勝てない。だからこそ、常に謙虚な気持ちで取り組み、治せる病気は治し、少しでも患者さんが自分らしく最後まで生きるためのお手伝いをしたいと考えています。

「医療は人が幸せを感じられる四つの要素すべてを満たす、素晴らしい職業」と語る柳先生。若者たちに向け、医療のやりがいやコンフォートゾーンを広げていくことの大切さについてメッセージをいただいた。

医療は、幸せを感じられるすごく良い環境だと思うんです。人間が幸せを感じる瞬間は、「ほめられた時」「愛された時」「人の役に立った時」「人から必要とされた時」の4つです。医療には4つの瞬間を実感できる全てが揃っています。

患者さんの治療が上手くいき元気になった時はもちろん、診療や研究のいろんな場面で幸せを感じられます。ぜひみなさんには、そんな4つの幸せを実感できる医療の道を目指していただきたいと思っていますね。

医療現場は、日々変化しています。毎日同じ場所で同じメンバーと同じ仕事をこなすだけでは、スキルアップのチャンスを逃してしまうかもしれません。あえてコンフォートゾーンから抜け出し、初めての手技や配慮が必要な患者さんへの対応、知識が少ない分野での研究発表などに挑戦することこそが大切なんです。

座右の銘としてあげた通り、毎日少しだけ背伸びしていると、必ずいつかそれが当たり前になります。一人ひとりが少しずつ新しい挑戦をすれば、病院やチームが良くなり、最終的に自分自身も良くなっていくでしょう。仕事をしていると思うようにいかないこともありますが、諦めずに少しだけ背伸びして頑張ってください。

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